津波被害のピアノ修理。
ここから音が出るまであと少し。
弦を張る作業です。
鉄骨を響板に乗せてネジを締めてフェルトを貼ります。
後は弦を張る作業です。
力仕事、踏ん張りどころです。
張力もあげて、やっと音がでました。
ここまで長かった!!
後はアクション、中身の修理です。
火曜日は私達がパリでお世話になった、シルビーさんとお嬢さんのマエルちゃんが工房に遊びに来てくれた。
シルビーさんはパリにあるピアノバルロン(Pianos Balleron)のオーナーでピアノの修復師だ。主に古いピアノ(1945年以前の)ピアノを修復している。ヨーロッパのピアノやフランスのピアノのについて、歴史、構造、文化など、様々な事に見識があり、尊敬できる技術者の一人だ。
2006年、きっかけはパリへの旅行。研究者の友人宅に4泊5日にお世話になり、観光を満喫していた。最終日の前日の夜、友人からピアニストの友人を紹介してもらい、4人でワインを呑みながらお喋りの中、パリに日本人のいるピアノ工房があると聞きいた。
翌日、時間もあって、教えてもらった住所片手に工房を訪ねてみた、…しかし工房が見当たらない。住所にあたる所はマンションの敷地内。勝手に中に入れば怒られそうだし、そもそも工房らしきものもない。
住所の周辺をウロウロして、諦めかけた頃、マンション敷地からフランス人の男性が偶然出てきて、「ピアノ、アキコ?」と突然呼ばれた。なんか訳がわからないけど敷地の中へ案内されて、少し奥まった建物の1階に探していた工房があった。
中に入って、技術者らしきフランス人女性(シルビーさん)が片言の英語で、工房にあるピアノを見せてくれ、工房内も案内してくれた。「昼過ぎにに明子が帰ってくるよ」と聞き、小腹も空いてきたので、軽食を取りに行った。その後工房に戻り、そこには日本人女性の明子さん(現在、軽井沢の工房ピアノバルロンジャパンの代表)いた。初対面だったにも関わらず、丁寧に対応してくれた。(写真は2006年パリ郊外お客様宅)

ピアノの話、修復の話、色々な話をしていて、もっと知りたい!と思っていたら、なんと研修を受け入れてくれると言っていただいた。その場で研修に行くと決めた。明子さんと出会ってから30分、フライトまで時間が迫っていていた。
その後ドイツに戻り、ブリュートナーでの2週間の研修を終え、荷物をまとめ南ドイツの街からパリへ移動した。
約2ヶ月間の研修が始まった。
ピアノの修復はもちろん、歴史、文化、様式、音楽、宗教、哲学、ピアノへの情熱、本当に色々なことを学んだ。我々が日本で独立するにはには何が必要か、まで気にかけてくれた。(2006年、パリのピアノバルロンで研修風景)
シルビーさん、明子さんには本当にお世話になった。感謝してもし尽くせない。明子さんには研修をやるにあたり、お宅にお世話になり、仕事の時は通訳をしてもらった。シルビーさんにはたくさんのことを教えてもらい、週末にシルビーさんのお宅でごちそうになった。(シルビーさんのお父さんとはドイツ語で、ピアノ、ピアニストやオタクな話もたくさんした!)
突然の出会いから10年。
10年ぶりの再会だったが、近況報告、ピアノの事、人生の事、哲学宗教など、お互い相変わらずの下手な英語で、以前と変わらず熱く語り合った。とても楽しい時間を過ごすことができた。(2016年さいたまピアノ工房内にて)
今、工房にある津波被害のピアノについて、修復が終わったら英語にまとめて発信しなさいと、新しい宿題ももらった。
シルビー、マエル、ありがとう。
Tuesday , Sylvie and Mael-chan who is Sylvie daughter visited our workshop. Through the flight from Paris 11 hours, Japan stay fourth day today. After our workshop tour, we were exploring the town of Asakusa, together with the Shino-chan and of course my husband.
Even though it was reunion of 10 years, as usual in the poor English each other, talked in the same way as before. about recent report, the work of the piano, and life, We were able to spend a very pleasant time.
Silvie, Mael, thank you.
津波被害のピアノ修理、着々とすすめている。
月曜日、津波被害のピアノ修理に興味があると、若い技術者さんが見学に来た。
気仙沼出身の斉藤真帆さん。2011年の震災時は高校2年生の終わり。その後、調律師になるために上京された。
色々話をして、修復に参加してみたいか聞いた所、是非とも参加してみたいとのことで、急遽木曜日から修復に参加してもらうことにした。彼女にとっての津波被害のピアノ修理、特別な思いだろう。
また今年1月下旬から、工房に研修生として、新澤津志乃さんが加わった。
ピアノをもっと知りたい!という情熱で
修復の道を選んだ。熱い気持ちでピアノに取り組んでいる。
残り一ヶ月、色々な技術者の協力を得て、みんなの力で良いピアノに仕上げたい。(下の写真はつかの間のランチタイム)
釜石津波被害のピアノ修理、ピン板の修理です。
ピン板とはチューニングピン(調律の時に調律師が廻すピン)が刺さっている板のことです。
普段は鉄骨に覆われていて見ることができませんが(写真で鉄に無数の小さい穴が空いてある)、中は積層の堅い木になっています。
ピアノの構造に関わる大事な部分です。古いピン板に新しいピンを植えても、木材から塩分が出てきてしまい、新しいピンや弦も早い段階で錆びてきてしまうようです。
長くピアノを使って頂きたいので、今回はピン板を交換することになりました。
まずは古いピン板を外します。
ネジは錆びていましたが、折れずにとれました。
新しいピン板を作ります。
ピン板は一台ずつ鉄骨の形に削り出します。
大きな木材をカット。
木材は積層で堅く、機械で切るときには切れ端がはじかれないように注意しながやります。
大きな形が決まったら鉄骨に合わせた、木を削ります。
ピアノの構造に関わる大事な部分です。古いピン板に新しいピンを植えても、木材から塩分が出てきてしまい、新しいピンや弦も早い段階で錆びてきてしまうようです。
長くピアノを使って頂きたいので、ピン板を交換することになりました。
まずは古いピン板を外します。
ネジは錆びていましたが、折れずにとれました。
鉄骨とピッタリ合うように、ひたすら削り出しです。
ピン板作り、作業はまだまだ続きます。
新生釜石教会、津波被害のピアノ修理。
昨日で震災から五年。長かったような短かったような、どちらともいえます。震災の年の五月に釜石の教会でピアノのお掃除に着手。四年半後にはさいたま市に移動し修復開始。5年目の節目、ピアノは工房で修復中。新生釜石教会で再び、このピアノの音色が届けられるように、着々と作業を進めていきます。
さて駒修理の続きです。
先日ノコギリで上面だけをスライスました。ノコギリで切った駒上面はそのままでは凸凹しているので、トリマーという機械である程度平らを出します。
低音の短い駒も平らを出します。こちらはピアノ本体から外れているので、鉋がけ。写真を撮り忘れてしまいましたが、短い駒の方は、台座木材(下の写真、下から二つ目ね大きい木材)が歪んで剥がれていたのを接着し、平らを出しました。
まだまだ駒修理続きます。